B-29のトラウマ𠮷川知代子さん
- 空襲
- 暮らし
京都丹後の父の実家に疎開しました。食べ物はイモ、イモのつる、かしわ(飼っている鶏を目の前で調理します)。今はおいもは好きですが、鶏肉はいまだに食べられません。当時は栄養がかたよっていたのでしょうか、頭や体におできができ、頭には今でもハゲが残っています。
ある日、母と畑で作業をしていた時、B-29が飛んできました。母は私を抱きかかえて、あぜ道に伏せました。そうすると、私は空を見上げる体勢になります。今でも熱が出ると、大きなものが迫ってくる夢を見ては恐ろしさにうなされ、目が覚めてしまいます。大きな仏像や観音像、お城や大きな石垣なども苦手です。あの時、母に抱えられて見上げたB-29の姿が、今でもはっきりと目に浮かぶのです。
疎開先より戻ってからは、空襲警報が鳴るたびに真っ暗な防空壕に入り、ランプやろうそくの明かりで過ごしました。
今はこうして思い出として話せますが…
もっともっと苦労をされた方々がおれらたことも、知っていますが…
今、元気で美しいものを愛で、おいしいものが食べられ、ありがたく感謝の日々です。







